前回はこちら→
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弁護士の尾畑です。
前回は技能実習がどんなものか,についてお話しました。
今回は,送り出し機関の受け入れ停止の原因となった逃亡事件がなぜ起きてしまうのか,という一例についてお話します。
1 多額の借金
技能実習生は,来日するに当たり,講習料など,送り出し機関に多額の料金を支払うことになります。正規の料金だけでも数十万円から百万円以上の借金を持って日本に来ることも珍しくありません。これに加えて外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律(技能実習法)47条により禁止されている保証金まで徴収されている場合もあります。
なんとか借金を返そうと,焦りを持っている実習生が多数います。
2 労働環境の問題
このような実習生を追い詰めるのが,労働環境の問題です。
技能実習生の受け容れは容易ではなく,まず,技能実習生を受け容れるための在留資格取得の手続は複雑で,外部の専門家に料金を支払って依頼しなければならない実習先が多いでしょう。
監理団体にも,実習生1人につき毎月数万円の監理費用を支払うことになります。
その他,初期講習の費用や渡航費など,給与以外に実習先が支払わなければならない費用がなかなかに多いのです。法令を遵守する限り,外国人は安く雇える,というイメージとはまったく異なるものとなります。
このためか,場合によっては最低賃金以下の,非常に安価な給与で技能実習生に労働を強いる事件が後を絶ちません。もちろん,技能実習法9条9号で,技能実習生には日本人と同等の報酬を給付する必要がありますし,最低限の賃金を支払わなければ最低賃金法違反や労働基準法違反の犯罪となりますが,遵守が徹底されていないのが現状です。2020年には,愛知県内の労働基準監督署が2019年に県内の技能実習生を受け容れている実習先932か所を監督・指導したところ,実にその7割で法令違反が認められたというニュースもありました。
そして,実習先に法令違反があっても,制度的に転職が厳しく制限された実習生は仕事を辞めることすら容易ではありません。
多額の借金を背負った状態で,実習先の違法な労働環境に追い詰められた実習生が,先のない状態を打破するために逃亡するというのが,逃亡の一つの原因となっています。
3 法令遵守が困難な状態で雇用関係に入ることは,契約当事者の双方に不幸なことです。旧制度下の東栄衣料事件(福島地裁白川支部平成24年2月14日)や,髙田ソーイング事件(岐阜地裁平成30年5月24日)等では,法廷闘争の果てに研修先,実習先が破産するという結末を迎えました。
労働者が日本人であると外国人であるとに関わらず,また,技能実習という名前であっても,雇用関係に入る以上は雇用者側で十分なコンプライアンスの確保が必要と言えるでしょう。