今月に入り、紀州のドン・ファン事件(12日)、猪苗代湖ボート事故控訴審(16日)、滋賀医大生が被告人となった性的暴行事件の控訴審(18日)と、無罪判決が相次いでいます。
特に紀州のドン・ファン事件は一審判決のため、検察側が控訴するかが注目されています。
日本では原則として三審制が取られており、検察、被告人いずれも、控訴、上告を行うことで、三段階の裁判所の判断を受けることができるようになっています。
ですが、このシステムは国によっては必ずしも当然ではありません。
アメリカを含む、イギリスの法律の影響の強い国では、原則として検察側の控訴や上告が許されていません。「二重の危険」の禁止と言われており、検察側は基本的に一発勝負です。
実は、日本でも同様のルールが定められているという考え方があり、実際に裁判で争われたこともあります。
このルールはアメリカでは憲法修正5条において定められており、
nor shall any person be subject for the same offence to be twice put in jeopardy of life or limb |
何人も、同一の犯罪について、重ねて生命及び身体の危険にさらされることはない |
と記載されています。
一方、アメリカ人が中心となって起草された日本国憲法尾のGHQ草案37条は、これをよりシンプルにして
No person shall be twice placed in jeopardy for the same offense. |
と規定しています。もとの修正5条にあった” life or limb(生命または身体)という表現を削り、限定なく二重の危険を禁止した条文となっています。罰金のような財産刑について例外を許さないことを目的とした修正でしょうか。
これが日本国憲法39条になると以下のような記載になります
同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。 |
このように、作られた経緯をたどっていくと、日本国憲法第39条は、アメリカ合衆国憲法修正5条をもとにしたものであるようにも見えます。
しかしながら、日本の最高裁は昭和25年、この条文について、「訴訟手続の開始から終末 に至るまでの一つの継続的状態と見る」と述べて検察側の上訴を認め(一部の裁判官はもう少し詳しく、日本国憲法とアメリカ合衆国憲法で表現や前後関係が異なることも指摘しています。)、実務として定着しています。
弁護人を担当する側としては、ようやく無罪判決を受けた被告人について、控訴や上告によってさらに長期間不安定な状況に置き続けることは酷でもありますし、憲法39条検察側控訴を原則として禁止した「二重の危険」の禁止を定めた条文として扱ってもらいたいとは思います。とはいえ、長らく定着した憲法運用でもあり、なかなか今後変わっていくことは難しいかもしれません。